無線へのこだわり

トップ > 雑記帳 > 無線へのこだわり
まぁ、むずかしい話はおいといて・・・
無線との出会い

◆それはラジオから

僕と無線の出会いは、子供の頃、横浜に住むおばさんに
誕生日のプレゼントとして買ってもらったトランシーバー(確か富士通信機器製造だったと思う)
が始まりだと記憶しています。
そのころはあまり見たことが無い9Vの四角い電池。。。
これがとても外しにくくてついつい力を入れて引っ張ってしまうせいか
配線を切ってしまうんですね。
まぁ保証期間だったのですぐにメーカーで直してもらったのを覚えています。
で・・・近所のみんなと『もしもし こちら○○です。どうぞ・・・』なんて会話をしていました。
それから、何年か経ち、ラジオを傍受する時代へ。
ラジオのきっかけは、両親が市場の関係の仕事だったので、朝が早かったんです。
まだみんなが寝ている時間からガタガタと支度をし・・・

よく聴いていたのは、いすゞ歌うヘッドライト/コックピットのあなたへと、
その後の榎さんのおはよーさん!かな?  バッツグゥ〜ン!
(我が家は貧乏でテレビなんてありませんでした。)
ここまで書くと、年齢がバレちゃいます(笑)

ラジオから始まる毎朝の習慣。時代はBCL/CBブームと移っていくのでありました。
当時、たまたま持っていたラジカセはSWというバンドが付いていました。短波です。
通常AMといわれるモードはこのラジカセにはMWと書いてあり、FM放送にいたってはほとんど受信できません。
どこか壊れていたのかな?
今のように大規模な電化センターなどはありませんでしたので近所の電気屋さんに行くと、
BCLブックやCBチャレンジャーなどのおまけ商品があり、
それを見ながらフォックスハンティングなどを楽しんだりあちこちの放送局を聴いて、
受信報告書を送り、ベリカードが送られてくるのが楽しみでした。
やはり多感な時期だったんでしょうか? そのうち、聞いているだけではつまらなくなり、
ホームセンターでFMミニ放送局のミッターを作成したり、トランシーバーに自分の好きな曲を流して
友達の反応をみたりしていました。

◆CB時代へ突入

親戚のおじさんがクラブに入っていた関係もあり、無線機を貰ってきました。
当然の事ながら違法CB。NASAのGTタイプです。BCL用にダイボールアンテナを立てていたので、
それをちょうど11mになるように張り、同軸を室内に引きこみ、
通話ができる状態にしてました。その時住んでいた家(既にありませんが・・・)
国道1号線の街道沿いに面していたので、トラック運転手の方々とつながり
時にはグランドしてトラックの助手席に乗せていただいてモービルを楽しんだものです。怖いもの知らずって僕の事をいうのかな?
圧倒的に菱形のマークが多かったのを覚えています。
CBのマイコールは『出雲』(いずも)でした。
寝台特急の『出雲号』から取ったんですが、『出雲大社』さん?などと
よく間違えられました。この後、何年経ってもCBでは『出雲』を名乗ってました。

そのうち、お友達のミックさんが合法CB(SONY-R5)を購入し、お友達がこぞってCBを購入。
私のCB(NASA)では、みんなが持っている周波数と話ができるチャンネルが少ないので、
お正月のお年玉を使って合法CB(ナショナルRJ-580)を購入しました。
まだまだ携帯電話など存在しない時代。そして、電話もキャッチホンがようやく定着してきた頃です。
ミックさんはR5とYAESUの真空管も持ってました。まだ倉庫にあるみたいなんですが、
当時はあのリグでかなり活躍していましたね。100W出力で(爆)

◆長電話するなら無線通信だよね

夜中に勉強をしている時でしょうか?
みんな遅くまで起きているので、無線通信が結構役に立ちました。
やはりラジオだけ聴いているのは淋しいものです。時にはYLさんも出てきたりして(本当ですよ!)
そりゃもう毎晩がお祭り状態。いつもチャンネルを合法の8ch(27.144Mhz)に決めて
それはそれはにぎやかでした。次の日には会うのが分かっていても、無線交信というのは別の世界があるんですね。

今でもいっしょに仕事している当時のフレンドがいるんですが、
その頃の話をすると、『あの頃は電話代わりだったよね!』と言われます。
たしかに、伝達の手段でもあり、良きコミュニケーションの手段だったんですね。
電話と違い、お金も掛からず、時間も忘れてマイクを握っていました。
ちなみにそのフレンド局の無線機は違法CBの4Wで電源はバイク用のバッテリー(12V)でした。

◆パーソナル無線発足

毎晩のようにお祭りしているので、大人の方も参加してきました。
たまたま、お友達の家のすぐ近くに住むその方は、屋根の上にヘリカルアンテナを上げて、
27MhzをフルカバーしているOMさんで、独特なしゃべり方をしてました。
また、いろんな情報をもっていたので、よくみんなで遊びにいったよなぁ・・・・
その方が、『そのうちに、電子レンジに近い周波数(900Mhz)を使った無線が解禁されるよ!!』
と言ったのを今でも覚えています。
電子レンジ=頭が熔ける
と思っていた僕達は、なんとなく心配でした。
でもそのOMさんは早々にCBから引退し、パーソナルへ移行したのでありました。

僕は・・・・
まだまだCBにしがみついておりました。だってパーソナル無線って高いんだもん。
とても手が出ないよ・・・なんて思いながら。

◆パーソナル全盛時代

時代は既にパーソナル無線でした。
お友達は自動車にオレンジトップのアンテナを立てて、連絡を取り合ってました。
その姿が格好良いんですよね! 変調もFMなので、綺麗だし。
キャリアを切るときに『シャッ』って音がするのが、タクシー無線みたいで良かったな。
くぅ〜・・・僕は、その当時で一番安い無線機(もちろんノーマル80CH)にも手が出せなかったです。
確か4万円は下らなかったんじゃないかな?とにかく高かったですよ。
だからこそ!?僕は、CBでがんばってましたねぇ・・・
また、一時的とは思いますが、値崩れがあって、
27Mhz帯の周辺機器が安くなったので、既に無くなってしまったお店(沼津のガード近くのヘルツ)で
アンテナ、同軸、リグ(NASA-46GT)を新しく買い換えました。パーソナル全盛の時代にCBです(笑)
正直に書くと、『スカイセン』や『セブンスリー』って用語にも戸惑ってました。

でも、時代背景にはかないません。一時的ではありますが、
CBをモニタしても誰もしゃべっていないんです。あのトラッカーの皆さんも・・・

◆購入

初めてパーソナルを積んだのは僕の歴代の車の4台目にあたるセリカでした。
確かに昔のアルバムを見ると、3台目のマーク2まではCBアンテナ(ヘリカル)を堂々と立ててます。
時代の流れに身を任せるように、僕もいつの間にかパーソナルの世界へ・・・

セリカはダブルエックスのツインカム。スポイラーがついていて、それまでつけていた
CBのアンテナをつける事がなかなか難しくって・・・・それで思い切ってパーソナルを購入したのでございます。

リグは今思えばオーソドックスなクラリオンのJC9で手元のマイクにスケルチボタンが付いたの後期型タイプ。
確かに変調もFMのため綺麗で格好良かったです。
でもさぁ・・・飛ばないんですよ。ちょっと街中を走ると相手の変調も聞こえないし、
こちらからも飛んでいかないんです。離れているといっても4〜5Kmですよ!
CBならバリバリ飛んでいく距離なのに。

電話番号や住所、はたまた生年月日などを群コードにして、みんなで合わせて楽しく会話していました。
箱根では群コードゼロファイブでスピード違反などの取締情報を流してたんですよ!
(当時、走り屋はパーソナルを付けるのがステータスでしたね。僕も(爆))

◆クラブ発足

8台目の車を売却してしまうまで、パーソナル無線はずっと車載していました。
(いったい僕は何台車を乗り継いだんだろう!?)
その間、お友達はどんどんパーソナル無線から離れていってしまいました。
ほんの一部の心無いクラブメンバーによるチャンネルの独占やいたずらが
横行した事が原因なのでしょうか?

電話の場合は名前も顔も知らない人と話しをするのは緊張しますし、誰でも苦手です。
無線の世界も、同様に、気のあった仲間同士で語り合いたくなるのでしょう。
そんな気持が排他的な運用になって、みんなが集える窓口がなくなってしまったのが原因なんですね。
まぁその話は諸説あると思いますので、ここではあえて触れないようにしましょう・・・

ちょうど、この頃、シンワのG3が発売されました。
青いマスクが格好良く、とても欲しかったリグです。なぜかバカ高いんですよね。
理由は・・・!?ノーマルじゃありませんでした。

◆復活

理由は・・・!?
携帯電話の着信(ワンギリ/勧誘メール)が多くなり、ちょっと嫌気が差していたのと同時に
インターネットの普及によって、オークション等で手頃な値段で無線機が手に入るようになったのを知りました。

いつでも連絡ができる携帯電話は確かに便利なのですが、
必ず知っている相手が前提。知らない人では、出る気になりませんし、身元まで分かってしまいそうで
逆に怖い気がします。

ところが、
無線の場合は知らない人が前提。声だけで相手の事をいろいろ想像できます。
CBはますます取締が厳しくなり・・・アマチュアは試験受けなきゃならないし。
というわけで、11台目の車への乗り換えと同時にパーソナル無線に復活です。
(その間2台は無線を積み込んでいなくて寂しかったなぁ)
なんと、私がQRTしている間に、シンワは倒産してしまい、はたして、当時欲しかったG3は手に入るのか?

まずは、オークションでパーソナル無線が出品されているのを発見。
これをきっかけにしてオークションで安価なリグを狙い、それなりの値段で落札。
もちろん80chのノーマルリグで、モニタのみで使用していました。
復活するにも現在、どのような運用形態になっているのか?
はたまた、昔の無線用語が使えるのかな?などと不安もあったんですね。
でも・・・私が運用していた頃と変わっていませんでした。(うれしかった!!)
相変わらずセブンスリーにはなじめないけど(笑)

程なくして、行きつけのショップで偶然にも在庫されていたヤエス925を購入。
こいつは地下4階のSP機。
何年もQRTしているフレンド局に連絡を取り、ノーマル機を渡して、
こちらから呼び出しては、夜な夜なQSOを楽しんだものです。

また、ネットを巡っていると、YUZOさんのページを発見。内容は衝撃的でした。
まだまだいろんな方々が900を支えている事を実感し、本格的にさまざまなリグの購入に走り・・・
そして今に至ります。

やはり、シンワが良いですね。
個人的な意見なので、いろいろあるとは思いますが、数々のリグを手にした結果、
シンワってすばらしいと感じています。操作の使いやすさや見た目ののデザインも最高!!

◆楽しい無線運用

いろいろな意見もあるとは思いますが、私はパーソナル無線がとても楽しいと思っています。
5W出力とは言っても、ときにはとんでもないところまで電波が飛んでいきます。また仲間も増えます。
無線機自体も一時期より安価で購入できますし、モービルならば電源はシガーソケットから
とってもOKですね。手軽で簡単な操作でQSOが可能です。
製造しているメーカーが無いのが残念ですが・・・
これからもパーソナル無線を存分に楽しんで行きたいと思っています。